たまりば

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Posted by たまりば運営事務局 at

2014年06月30日

切り戻しで前以上に丈夫になる

コーヒーの木を栽培している。


アラビカ種のコーヒーの木で、
日本の気候では難しいが、
実がなればコーヒー豆も取れる
という木である。(下はその写真)

コーヒーの木剪定前



何年か前にホームセンターの
店頭で観葉植物としてポットで
売っていたのを買った。


このコーヒーの木、
何もしないでいると
たいして幹は太くならずに


ひょろひょろと上にのび
なんだかパッとしない姿になる。


しかし、思い切って剪定、
切り戻すと新しい枝が伸びてきて
バランスがよくなり、
木も健康になる。(下の写真)

コーヒーの木剪定後




人生でも今までやってきたことを
捨て去るのには勇気がいるけれど


根っ子はしっかりと張っているはず。


だから思い切って時には
切り戻すのもいい手かもしれない。



  

  • Posted by グッドリスナー at 23:55Comments(0)

    2014年06月30日

    高い安いより、価格に対する満足度が大きいことの方が重要


    自分は、はたから見るとケチ
    に見えるかもしれない。


    なにしろ価格の安いものが
    大好きだからだ。


    正しくいうとクォリティに対して
    価格の安いものが大好き
    ということなのだが。


    たとえば
    この値段でこのボリューム!
    この値段でこの味!
    この価格でこの品質!
    などなど。


    先日昼食時に街を歩いていたら
    「とんかつ定食500円」の看板が
    眼に入った。


    たったの500円でとんかつ定食とは!
    いったいどんな内容なんだろう?
    と思ってしまった。


    基本的にとんかつはカロリー
    が高いので食べないように
    しているのだが、
    この時は好奇心に負けた。


    実際、注文して食べてみると
    意外に高いクォリティと
    ボリューム。


    1000円でも通用するかなと思う
    非常に高い満足度だった。


    自分の考えでは、
    高いカネを払えば
    クォリティが高いのは当たり前で


    そうすると相対的に
    満足度が低くなるというもの。


    もし1万円のランチがあったとしても
    2万円の満足度を得ることは
    難しいのではないか?


    500円の定食なのに1000円くらいの
    満足度があった今回は、
    満足指数にすれば200。


    自分はこんな調子だから
    安いランチや定食が
    大好きなのだ。


    でもこれって商売の基本
    じゃないかとも思う。


    個人企業で商品やサービスを
    売ろうとする時、
    どうしても値付けのハードルがある。


    こんな価格をつけてしまって
    よいのだろうかという気後れ感
    である。


    しかし、それは自分の中のどこかで
    自分の商品はこの価格に見合わない、


    こんな価格に見合う価値を提供できない
    と決めつけているからでは
    ないだろうか。


    もし、価格以上の価値やお役立ちが
    あると信じられるのなら、
    堂々と胸を張って値付けをすればいい。


    要は絶対的な価格の高低より、
    その商品やサービスを必要とする人にとって、


    満足指数が150とか200、
    あるいはそれ以上あるものを
    提供できればいいのだと思う。



      

  • Posted by グッドリスナー at 17:30Comments(0)

    2014年06月29日

    不安は自分が作り出している幻影


    中国の古代のはなしを語源
    とする杞憂という言葉は有名だ。


    その昔、中国のある地方に
    「杞」という国があって、


    その国の人々はいつも
    「天が落ちてきたらどうしよう」
    と心配し、皆で不安におののいていた。


    おののいたってどうしようもないし
    そもそも確率がゼロに近いことを
    心配しても意味がないことから
    「杞憂」という言葉が生まれた。


    個人でも国家でも不安というものは、
    いつも内側からつくり出されている。


    個人レベルで
    「〇〇になったらどうしよう」
    「〇まるできるか心配だ」
    はよくあることだけれど


    国家レベルでも実は
    同じことをやっている。


    特にマスメディアは不安をつくる天才で、
    ニュースの何割かは不安を想起させる
    ものばかり。


    まるでマスメディアは
    「不安」をメシの種にしている
    かのように見える。


    自分は歴史が大好きだが、
    いつの時代の人間も同じ
    心境にあったようで


    戦乱の時代だけでなく、
    いやむしろ平和な時代ほど
    強い不安や末世感を人々は持っていた。


    たとえば平安時代末期の
    藤原定家の時代(西暦1000年過ぎ)、
    もうこの世は終わるという末世感が
    世を覆っていた。


    見方を変えると、
    不安というのはあるというより
    作り出されるもので、


    しかも皆心の底では
    作り出すことが大好きだ。


    しょせん、どんな物事にも
    よい面と悪い面は等しく存在し、


    心配して用心し、
    将来に備えることは大切だが
    不安に思うことそのものには意味がない。


    楽観主義でも悲観主義でもなく、
    すべての物事には意味があることを知り、


    不安を作り出すことなく
    たんたんと平常心で対処していく。
    いつもそんな心境でありたい。



      

  • Posted by グッドリスナー at 22:55Comments(0)

    2014年06月29日

    よい脚本は、役の名を消しても誰のセリフかすぐ分かる


    いきなり脚本の話。


    脚本家は役者さんの話すセリフ
    を台本として書いていくわけだけど


    よい脚本というのは
    役の名を書かなくても
    誰のセリフかすぐにわかる
    ものらしい。


    それは単に言葉遣いとかを変えている
    ということではなくて、


    この登場人物なら
    こう発言するだろうな
    ということが喋る前からわかるような
    セリフになっているということだそうだ。


    つまり、脚本の名手といわれる人は
    少ないフレーズの中で
    役の個性を想像させる技術と
    センスがある人のことをいうのだ。


    自分ブランドをアピールしたい時、
    もしも自分の名前を出さずに
    すぐに自分と思ってもらえる表現力が
    あればどんなに素晴らしいだろうと思う。


    これは小手先の表現力の問題ではなくて、
    自分の中の宝物をたくさん見つけ、
    それを魅力的な言語に変換できているか
    にかかっている。


    魅力的な言葉というのは
    巧みな言葉ではなくて
    「共感できる言葉」
    になっているということ。


    共感を呼ばない
    ありきたりの自己ピーアールだと


    名前を消した時、あとから読んで
    誰もその人だとわからない。


    一発で「ああ、あの人ね」と云わせる
    共感できる要素を
    言葉として表現できるようにする。


    それが自分ブランドをつくる
    第一歩になる。



      

  • Posted by グッドリスナー at 17:30Comments(0)

    2014年06月28日

    ゼラニウム 君ありて幸福


    今日の花は「ゼラニウム」。
    花言葉は、「君ありて幸福」。

    きょうの花 ゼラニウム






    ウチのベランダにも
    いつの頃からか赤い花の
    ゼラニウムがあるが、


    とにかく一年中咲いていて
    花の途切れる時がない。


    また、花びらは
    本体から外れても
    いつまでも赤いままで、
    まったく不思議な花である。


    でも花言葉はいいね。
    「君ありて幸福」。


    君がいるから幸福だなんて
    なんてロマンチックなんだろう。


    こんな言葉は照れくさくて
    とても口に出来ないが、


    花を贈ってメッセージに
    込められた意味を察して
    くれるのなら
    素敵なことだよね。



    自分なんか誰の役にも
    たっていないなどと
    思ったりする人がいるけれど



    そんな人にこそ
    ゼラニウムが届くといいなと思う。



      

  • Posted by グッドリスナー at 21:00Comments(0)

    2014年06月28日

    真に「個の強さ」を希求するなら本田選手を外す手も


    久しぶりに電車の中で
    これを書いている。


    梅雨前線の北上で
    本格的な雨。


    昨日の日本的リーダーに
    ついてもう少し考えてみた。


    サッカー日本代表本田選手
    のようなリーダーが
    ビジネスの現場にいたら
    どうなるのだろう?


    彼の意識レベルの高さ
    孤高な志は賞賛に値するが
    果たしてプロジェクトチームの
    リーダーとしては適格だっただろうか?


    正直かなり微妙だ。


    日本的集団では
    圧倒的な個性の存在に
    無条件にひれ伏してしまい、
    個々が自主性を発揮しなくなる
    ことが往々にしてある。


    強いリーダーシップは
    正目に出れば威力を発揮するが
    裏目に出た時は集団本来の実力
    を減殺してしまう。


    今回のW杯サッカーチームで言えば
    本田選手のような圧倒的な個性を
    いかにコントロールできるかが
    やっぱり鍵だったと思う。


    それは理想的なリーダー
    と云われる長谷部選手ではなく
    やはり監督の役目だろう。


    真に「個の強さ」を希求するなら
    本田選手をあえて外し、
    他の選手の個を引き出す
    オプションもあったと思えてならない。


    そのチャンスは第二戦にあったが、
    このチームは本田のチームと言い切る
    ザッケローニ監督には無理だっただろう。


    しかし、ピッチ上に頼るべき存在を
    喪失した時こそ、意外にも個が
    輝いたような気がしてならない。


    日本では、まだまだ
    集団一人一人が個を発揮する
    には時間がかかるのかもしれない。



      

  • Posted by グッドリスナー at 17:30Comments(0)

    2014年06月27日

    似ていても役割の違う開発と製造の仕事

    またまた仕事の話。
    興味ない方は読み飛ばして
    ください。


    かつてメーカーに在籍し、
    新事業において開発と
    製造の両方に関わってきた。


    ものづくりに関わったこと
    の無い人にとって


    開発と製造など
    同じカテゴリーの作業に
    見えるかもしれない。


    だが、ミッションは全く
    異なっていて、
    考え方も全く違う。


    機械の開発製造に例えて
    わかりやすく言えば、


    開発はたった1台だけ
    今までにない
    動くものを作ればよいが、


    製造は1万台作ったら
    そのすべてが正常に動くものを
    作らなくてはならない。


    どちらにも苦労はあり、
    どちらがエライというものではない。


    開発と製造は、近いところに
    居ながら到達点が異なるので
    意思疎通がうまくいかないことも多い。


    開発段階で製造の意見を
    取り入れすぎると
    それが制約となり、


    クリエイティブな部分が
    損なわれてしまうことがある。


    つまり、ありきたりで
    売れない品物ができあがる。


    しかし、開発に製造の観点が
    欠けていると高コストだったり、


    故障の多い、あるいは歩留まりの
    悪い製品が出来上がる。


    つまり、モノの開発製造は
    そのバランスを取りつつ
    進める必要がある。


    そんな時こそ
    調整役としての
    プロジェクトリーダーの
    出番となる。


    リーダーはチームに対して
    羅針盤となって
    常に到達点を見失わないように
    する役目である。


    モノづくりの場合、
    市場性があってクリエイティブ、


    かつ信頼性が高く
    低コスト。


    そのバランスが取れて
    初めて売れる可能性のある
    モノが世の中に出てくるのだ。



      

  • Posted by グッドリスナー at 21:00Comments(0)

    2014年06月27日

    サッカー日本代表本田選手は日本的リーダーになり得たか


    サッカー日本代表の本田選手は、
    これまで高い目標を公言し、
    自らを追い込むことで
    結果として大きな成果をあげてきた。


    まさに「有言実行」、
    言ってしまった以上はやるしかない
    というやり方を地で行っていた。


    大きな目標達成のために
    この方法は有効だが、
    一方でリスクも大きい。


    特にサッカーチームのように
    主体者が集団の場合だ。


    個人として向上するために
    このやり方を採ることを
    否定はしない。


    だが、サッカーチームのような
    集団の場合においては裏目にでる
    場合もあると思う。


    この手法は賭けのようなもので、
    うまく回転した時は実力以上のもの
    が発揮できることがあるのに対して


    つまずいた時は、
    逆モチベーションが働いてしまう。


    残念ながら今回のW杯は
    悪い方に歯車が回ってしまった。


    今回は初戦でつまずき、
    公言した以上勝たなければ
    ということで不要なプレッシャーを
    選手たちが受けてしまった。


    日本人気質は突出者を
    好まないが、


    突出した人が出てくると
    その人に依存する傾向もある。


    結果論だが、本田選手の高い目標が
    初戦のつまずきによって
    逆モチベーションを呼び起こす
    キッカケになってしまったと思う。


    となると、本田選手タイプが
    日本的集団組織において
    リーダーとして適格かどうか
    考える必要がある。


    いろいろな意見はあるだろうし、
    どれも正しいかもしれない。


    なので、好みからだけで
    言わせてもらうなら
    自分の考えは「リーダーとして
    適格ではない」である。


    本田選手の公言実行方式は
    個人として高い意識で目標に
    邁進する時にはいいが、


    集団で成果を求められる時は
    足枷となる可能性の方が高いと思う。


    サッカーは4年後にリベンジできる
    かもしれないが、


    ビジネス界ならそのチャンスは
    与えられないのが普通である。


    今回のサッカー日本代表チームは
    突出したリーダーである本田選手に
    依存しすぎてしまい、


    本田選手の不調、
    リーダーが公言したことに対する
    つまずきがすべてを狂わせてしまった。


    これからの日本代表には
    カリスマリーダーを必要としない
    個々の強さ(サッカーの技術だけじゃない)
    をぜひ持ってほしいと思う。



      

  • Posted by グッドリスナー at 17:30Comments(0)

    2014年06月26日

    電車の中でよく眠れるのはなぜだろう


    電車の中で眠る人が多いのは
    日本だけだそうだが、


    それは多分、治安の良さによる
    ところが多いからなのだろう。


    外国では交通機関の中は
    特に油断できない場所で、
    すぐにスリや置き引きなどの
    標的になってしまうらしい。


    だが、自分は断然電車の中で
    眠る派である。


    最近でこそ無いが、
    かつては東京の山手線を
    眠って2周してしまったこともある。


    1周するのに1時間強はかかるから
    2時間以上も眠っていたことになる。


    別に飲んでいなくても眠っていて
    降車すべき駅で降り過ごすことも
    しばしばだ。


    最悪だったのは
    東北新幹線で降車駅に着く
    5分前くらいにフッと眠ってしまい、
    降り過ごした時だ。


    しかもなんと降車駅は
    各駅停車の列車しか
    停車しない駅だった。


    東北新幹線の場合、
    各駅停車の列車は
    1時間に1本しか来ないので、
    降り過ごしてしまうと次の駅から
    すぐに引き返すというわけにはいかない。


    商談先では結果として
    大きく待たされたので
    商談には支障をきたさなかったが
    ヒヤヒヤものだった。


    どうして電車の中では
    眠くなってしまうのだろうか。


    たぶんあのゴトンゴトンという
    単調な振動と、
    おおぜいの中の孤独というか
    完璧に一人きりになれる感が
    そうさせるのだろう。


    自分が住んでいるところの最寄り駅は、
    終点の二駅手前の駅なので、
    降り過ごしてとんでもないところまで
    連れていかれることがないのは
    本当に幸いなことである。



      

  • Posted by グッドリスナー at 21:00Comments(0)

    2014年06月26日

    社内新商品・新事業企画の通し方


    社内企画といっても
    大小様々、いろんな企画があるが


    例えばメーカーなんかの場合、
    新製品の開発企画を通したい
    というのはごく普通にあること。


    一般的には開発アイテムとして
    商品企画会議で承認を受ける
    というプロセスだ。


    あたり前のことだが、まずは
    市場性、成長性、信頼性の3つのSと
    加えて流動性が安定していること
    を示せることが企画の基本である。


    特に保守的な企業では
    品質問題が最大のリスクになるから
    信頼性は少しも妥協できない。


    流動性は企画時にあまり議論されないが
    商売としてはとても重要で、
    過剰在庫や欠品リスクが小さいことは
    円滑な事業遂行には欠かせない。


    しかし企画を通す時、
    最も難しいのが市場性と成長性
    である。


    とくにまだあまり世の中に無く、
    データ自体集めようもないような
    市場の場合である。


    だが実は企画を通すポイントは
    ここにこそある。


    それは業界のライバル社が
    手がけているとか、
    あるいは手がけようとしている
    といった情報と


    自社の痛み、弱みを救ったり
    カバーできるというビジョンを
    描くことである。


    およそ新製品とか新事業というのは
    総論賛成・各論反対、あるいは
    理念保持・実行回避なものだから、


    承認権者をその気にさせるには
    「やらないでいることが逆に
    マイナスになる」と思えるように
    仕向けることである。


    いまこれを製品化しないと
    将来会社が窮地にたたされますよ
    と思わせられるか、
    そう納得させられるか
    がポイントである。


    この点は一般消費者に対する
    「今買わないともう買えない」とか
    「来週からは30%値上げ」などと
    あおる商法とちょっと似ている。


    乱暴な言い方をすれば
    どんなに精査したところで
    本当に売れるかどうかは市場が
    決めることなので、


    企画側に売れるチャンスがある
    という思いがあるのなら、
    こんな方法で企画じたいを通す
    のもありだと思う。



      

  • Posted by グッドリスナー at 17:30Comments(0)