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2014年10月13日

発音できないのは聞き取れていないから


訓練をしないとなかなか発音できない
音というのがある。


例えば日本人にとっては、
英語の「R」音や、
中国語の「珠」の音など。


日本の中でも和歌山県の
ある年代層の人は、
「ざじずぜぞ」の発音が苦手で
「だぢづでど」になってしまう。


ザッケローニ監督は「だっけろーに監督」、
エグザイルは「えぐだいる」といった具合だ。


ちょっと昔の鹿児島県の人も、
かつては「R」音を、ヨーロッパ人のように
濁音で発音していた。


西郷従道という明治時代に活躍した
薩摩の政治家は、本来「隆道」という名で、
「りゅうどう」と読ませていたが、


本人が「じゅうどう」と発音するので
いつしか「従道」になったという。


そもそも特定の音を発音できない
というのはどういうことなのか。


答えは、聞き取れない音は
発音できないということのようだ。


人は耳から音を覚え、
耳から聞こえた音を自分で発音し、


自分の耳で聞いて合っているか
どうかを確認して調整していく。


耳の不自由な人が声帯は正常でも
言葉を話せないのはこのためだ。


つま「聞く」と「話す」は、
あたかも一対の車輪のような
関係にあるらしい。


このことはとても示唆的である。


聞き上手が話し上手といわれるのも
人は音だけでなく、


意味のある音の塊を自分の耳で聞き、
自分の中で咀嚼して自分の言葉にしていく。


だから話を聞かない人は、
咀嚼が不十分で、
自分の中で練れていないので、
話も下手になる。


それなら「聞く力」とは何だろう。


それは準備が半分、
精神が半分だと思う。


話を聞く相手のことを
できるかぎり事前に知ること。


それが無理なら、
聞く相手をリスペクトし、
何かを教えてもらいたいと思う心。


それが聞き上手への第一歩になり、
かくて話し上手への扉を開く。




  • Posted by グッドリスナー at 12:00│Comments(0)
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