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2014年11月09日

自ら安楽死を選んだ女性と最後まで生きようとする女性


先日、末期の脳腫瘍で余命二か月と宣告され、
自ら安楽死を選んだ女性の報道があったが、


同じ米国で、同じような余命宣告をされながら
大学のバスケットボールの大会に出場、
感動と賞賛を呼んだ女性の報道があった。


どちらの女性に共感を覚えるかは
個人によってそれぞれだろうが、
自分は後者の女性を素晴らしいと感じた。


たしかに自分の死期を自分で決める権利を
否定はできない。


特に激しい痛みから逃れたい、
恢復の見込みが全く無いのなら、


自分の意思を行使できる段階で
自分の最期を決めたいということは
理解出来ないことはない。


だが、それはすべて
「自分だけのことを考えるならば」
という条件がつくことだ。


人は一人で生きているのではない。


と同時に一人で死ねる、死んでいい
ものでもない。


人生における人と人との関係性は、
自分だけのものではなく、
相手のものでもある。


愛してくれている人が
心の底から死を選ぶことを喜んでいる
とはかぎらない。


自然の摂理の結果として
最期を迎えるのなら
やむを得ないこととして受け入れる
こともできるだろうが、


言い方は悪いが
「自分勝手に死を選ぶ」行為には
傲慢さを感じてしまうのだ。


かたやバスケットボールの女性は、
自然に最期を迎えるまでは精一杯生き、


そのことを同じような境遇にある人の
励みにしてほしいと願っていると言った。


この女性の方に、
より周囲への思いやり、人間味が感じられるのは
自分だけだろうか。




  • Posted by グッドリスナー at 23:55│Comments(0)
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