たまりば

  多摩のコミュニティビジネス 多摩のコミュニティビジネス  多摩市 多摩市

スポンサーリンク

上記の広告、及び画面下部に固定表示されているオーバーレイ広告は、60日以上更新がないブログに表示されています。
新たに記事を投稿することで、広告を消すことができます。  
Posted by たまりば運営事務局 at

2015年01月24日

40歳を過ぎたら、自分の後半生のライフプランを真剣に考えよう


定年延長や再雇用で65歳まで
会社勤めをする人が多くなった。


それを選択するかしないかは
もちろん個人の考え方次第である。


だが、40歳を過ぎたら、どんな人も
自分の後半生のライフプランは
真剣に考えた方がいい。


いうまでもなく、人生は有限であり、
健康年齢(健康で活動できる年齢)は
より限られている。


ふだん、人にとって「死」は概念でしかなく、
現実性を持っていない。


しかし戦争や大災害を体験したり
身近な人が亡くなったりすると
人生が有限、それもそんなに多くの時間が無い
ことに気づくことになる。


自分の場合は、両親が相次いで
亡くなった時にそれを強く感じた。


神戸や東北の震災では、
震災後に人生観がガラっと変わった人が
多くいるという。


「自分はなぜこの世に生を受けたのか」、
「何をするために生まれてきたのか」、
ミッションを考えずにはいられなくなる。


もしライフプランを考えなければ、
惰性で働き、完全退職後は目標を
見失った毎日に遭遇する可能性が高くなる。


それはとても不幸なことだ。


自分のミッションが仕事とはかぎらない。


家族を大切にする、
趣味をきわめる
若い頃に出来なかったことをやり尽すなど
いろいろあるだろう。


だが、結局人とはそれを知るために
死ぬまで生きているということに気づかされる。


40歳くらいが人生の時間的
折り返し地点だとすると、
ちょうど分水嶺の上に立っているわけで、
全体を見渡せるはずだ。


もっとそれより早くライフプランを
イメージできているのなら
それはそれで素晴らしいが、


山の前半では不確定要素が多すぎ、
たぶん予定通りにはなかなかいかないだろう。


いずれにしても一回限りの人生、
自分の青い鳥はイメージできるように
したいものである。



  

  • Posted by グッドリスナー at 17:00Comments(0)人生のミッション

    2014年11月29日

    ミッションを果たすのに働く形にこだわるのは小さなこと


    サラリーマンを長くやってきて、
    もうこの働き方はしたくない
    自分の意志だけで好きな時に
    好きなだけ好きなように働きたい
    とずっと思ってきた。


    だから今は会社を辞めて
    インディペンデントコントラクターという
    フリーになった。


    だが、よくよく考えてみた時、
    もし働くことの意味が人生のミッションを
    果たすことだとすれば、

    働く形態にこだわるのは、
    とても小さなことである。


    うまく説明できないが、
    起業にせよ転職・就職にせよ
    それは目的を果たすための方便であって
    どちらでもいいことである。


    もしそうでないと言うのなら、
    それはあまりにも自分中心な発想
    ではないだろうか?


    あるノウハウ、技術、経験を持っていて、
    それを自分に課せられたミッションを
    果たすために使う時、


    独立起業してやる方がベターなら
    そうすればいいし、
    組織の中でやる方がベターなら
    そうすればいいだけのことである。


    もうサラリーマンはやりたくないと思ったのは、
    仕事そのものが嫌になったのではなくて、


    組織の論理の中で自分や
    自分の仕事が埋没してしまう虚しさ
    を感じたからである。


    また人生の貴重な時間を
    組織の論理でこれ以上拘束されたくない
    と思ったからである。


    だが、それらのことは本質的に
    重要なことではない。


    本当に重要なことは、
    ミッションを果たせることであって
    働き方やそこでの個人の感情は
    次位のことである。


    ということで、自分としては
    現役復帰について
    もう少し悩んでみようと思っている。



      

  • Posted by グッドリスナー at 17:00Comments(0)人生のミッション

    2014年11月28日

    自分のミッションについて考えてみたことがあるか?


    自分のミッションについて
    考えてみたことがあるだろうか?


    人間の一生などはほんの一瞬、
    うたかたの夢のようなものだが、


    自分はこの世に生を受けたということは、
    きっと何かの使命=ミッションを持って
    生まれてきたと思いたい人間だ。


    つまり、誰にでもレーゾンデートル(存在する理由)
    があるはずだと思っている。


    自分は、防災系の企業でのキャリアが長く、
    インディペンデントコントラクターとなった今も
    ある防災関係の機器の開発と事業化に携わっている。


    前職を退職する時点で
    選択肢はいろいろとあり、
    独立起業したいとも思ってきたが、


    あえてその事業開発に携わったのは、
    ただ収入を得るための仕事ではなく、
    国民の安心安全を担保することに資する事業
    だと思ったからである。


    だが、現状は事業の継続が
    危ぶまれる状況で、
    はなはだ心もとない雲行きだ。


    さて、それではこれから先
    自分としては一体どうしていくのか?


    インディペンデントコントラクター
    としての契約期間は残っており、
    契約上は続けることが可能だが、
    それで良しとするのか。


    レーゾンデートルだの意義などとは言っておられず、
    日々の暮らしのために精一杯という人も
    世の中にはたくさんいるだろう。


    ただ自分の置かれている立場としては
    この先何年も働けるわけでもなく、


    自分がこの世に存在している理由、
    ミッションのために働きたいし、
    働ける状況にある。


    その上で、自分のミッションとは何なのか、
    今あらためて真剣に考えている。


    もし安全、安心な世の中をつくるお手伝いが
    自分のミッションだとするなら、


    アイテムが今と別のものになったとしても
    その方向性にある事業に携わるべきだろう。


    それ以外にも、間接的に安心安全に貢献する
    インフラ建設などもその中に入ってくる。


    とはいえ、人には得手不得手があり、
    自分のキャリア、プロフィールの中で出来ること
    出来ないことはある。


    誰も引き出しの中に無いものは
    出すことが出来ないからね。


    自己分析をすると
    自分の引き出しの中にある売り物は、


    事業化プロセスにおける
    バリューチェーンの構築、


    ワーク集団の仕事の割り当て、
    監理運営業務ノウハウと経験である。


    売り物が錆びつかないうちにもう一度、
    その売り物を世に出すべきか、
    いまとても悩んでいる。



      

  • Posted by グッドリスナー at 17:00Comments(0)人生のミッション