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2014年08月18日

個性的な社員を求めるとは言うけれど


「個の時代」が叫ばれ
人間ひとりひとりの個性を
尊重すべきと言われて久しい。


だが、そもそも「個性」とは
何だろう?


かの養老孟司氏によれば
単純に肉体的な違いであって
それ以上でもそれ以下でもない
という。


遺伝的に違うのは勿論、
肉体的には双子でも微妙に
違っているのだから


そもそもすべての人間は
個性的ということになる。


氏によれば、日本は伝統的に
身体的な違いは無視して、
心の違いと捉える傾向にあるという。


考え方が違えば
個性が違うということになる。


自分の考えはどちらとも
少し違っていて、


個性とは、
肉体的な相違の上に
経験したことが積み上がって
形成されるもの
と考えている。


経験というのは
ひとつとして他と同じもの
は存在しないから
つまりは皆きわめて個性的で、
一般化、単純化しようとする方が
無理なのである。


個性尊重が叫ばれる時代背景には、
もっと違った事情があって、


社会的な安定が長期間継続したことによって、
様々な組織が成熟化し、
ルーチンが固定化したことによって、
なかなか内側からの変革が
困難になってきたことがある。


組織というのは本質的に官僚化
を避けられない性質のものだが、


一方でそれを放置すると危険
という認識もまた構成している人々は
持っている。


だから「個性的な人材を求める」
などと言うわけである。


だがすべての人は本来個性的であるので、
それを言うのはおかしい
ということになる。


組織の官僚化に歯止めをかけたい
のならば、個性的な人を求めるのではなく、
本来持っている個性を引き出す
だけでよいのだ。


人材開発などと人に材をつけて
モノ呼ばわりしていることからしてダメで、


人を人として尊重し、
過去の良悪を含めたすべての経験を尊重し、
そこからのメッセージを謙虚に聞くべきなのだ
と思う。


この点で、最近よく聞く
「最近の新入社員は大人しい。
昔はサムライが多かった」
という発言は間違いであって、


たんに誰もが内在させている
様々な要素を顕在化させることが
できていないだけである。


人というのは知れば知るほど奥が深く、
単純に「〇〇さんって、△△だね」
などと分類できるものではない。


「社内に人材がいない」
などと言っている経営者は、


自分が無能で人を見る目がない
と言っているのと同じである。




  • Posted by グッドリスナー at 17:30│Comments(0)
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